
最近、私は「VISA割」というものに振り回されている。お得である。とてもお得。なのに、なぜか心が穏やかではないのである。
仕組みは単純で、一定額以上の買い物をすると割引が適用される。たとえば1000円以上で○%オフ、という具合だ。これだけ聞くと「やったじゃないか私」と言いたくなる。しかし問題は、その“1000円以上”という一文なのである。
この1000円という数字が、やたらと私の前に立ちはだかる。
たとえばコンビニで、合計金額が872円だったとする。ここで私は一瞬フリーズする。「あと128円で割引対象になる…」。128円。たいした金額ではない。だが、ここでガムやチョコをカゴに放り込むと、まんまと策略に乗せられた人間の完成である。
私は思う。これは本当に得なのか。128円余計に使って、割引で取り戻す数十円。冷静に計算すれば、たいして得ではない。なのに私は、1000円に届かないと落ち着かない体になってしまったのだ。
昔、商店街の福引で、あと一枚でガラガラが回せると言われ、母が余計な買い物をしていたのを思い出す。あのとき私は「そんなに欲しいのか福引が」と思っていたが、今の私は1000円というガラガラを回している。血は争えない。
逆に、1500円を超えると今度は妙なブレーキがかかる。「そんなに買ってどうする」と自分が自分を叱るのである。1000円を越えたとたんに正義感が芽生えるのだ。さっきまで128円を必死に足していた人間とは思えない変わり身である。
考えてみれば、割引というのは魔法のようなものだ。数字が少し変わるだけで、私は急に賢くなった気になり、同時に愚かにもなる。まるで「期間限定」という言葉に弱い自分と同じである。
結局のところ、私は今日も1000円ぴったりを目指してお菓子を一つ追加した。家に帰ってレシートを眺めながら、「まあ、数十円は浮いた」と納得する。冷蔵庫には予定外のプリンが増えた。
VISA割はお得である。たぶん本当にお得なのだ。だが、私の心の中では、1000円という小さな山を何度も登っては降りる登山大会が開催されている。
そして私は気づく。問題はVISA割ではない。1000円にいちいち動揺する私なのである。
まあでも、プリンはおいしかったので、今日はそれでよしとするのだ。